poetoh

大島憲治の詩とエッセイ、フォト、自由律俳句を紹介。既刊詩集『イグナチオ教会通り風に吹かれる花のワルツ』(書肆山田) 『東京霊感紀行』(竜鱗堂) 『センチメンタルパニック』(私家版) 『荒野の夢』(蝶夢舎)『シャドーボクシング』(蝶夢舎)

さわらびの道

さわらびの道                

 

森の小径を歩いていると
突如風が一帯をざわつかせた
何かが起こるという直感が
針となり頭の奥に立つ
やって来たのはあらゆる音を吸いこんだ静寂 
その真空を破って
ヒヨドリヤマガラメジロシジュウカラカラス
翼あるものはすべて飛び立ち 
蠢く甲虫らは触手の先まで固まった

それはあらわれたのだろうか 
穿たれたのだろうか
斜めうえ7、8メートルあたりの空間が
轟音を上げ始めたのだ
森の一角に透明な飛行機が
エンジン全開で留まりつづける

十数秒後、
轟音は自らを飲みこむように消え去った 

森にスイッチが入る
枯葉はゆっくり舞い降り
木洩れ日に鳥たちのさえずり
風は樹形を穏やかに揺らす

あるはずないことから解放されたのか
あり得ることに立ち合ったのか
からだが震え血は冷えている

天狗に叱られた?
そういえば
鞍馬の山中でも怪音に脅かされた 
奥多摩万六尾根の隠れ岩では
人ではない人の声を聞かされた 
青葉山蠣崎稲荷神社で姿なき口笛に
纏わりつかれた少年らの一人であった
妖異のしわざなのか 
別次元が開きそして閉じたのか 
家庭を失った初老の男が
これから歩き続ける人生の大切なコース、
県民の森〈さわらびの道〉が恐れに翳る

数日が過ぎふたたび森へと駆られる
家を出る前から緊張しているのだが
しかたない
足はさわらびの道へとむかうのだ

池を過ぎ洞窟を横目にうねる道がつづく
地面から目を上げると
数メートル先をなにものかが歩いている
緑のなかに輝く純白の毛並み
鮮明に太い尻尾を揺らし 
ふりむくこともなく藪のなかへ直角に入って
消えた
その頭の奇妙なことよ 

ふいに笑いがこみあげる
かたまりつつあった日常が溶け落ちる
これからも此処でなにかが起きるだろう
限られつつある時間のなか
おれは畏怖を持つ
世界が在るという無意味に没頭するより
悪くない