poetoh

大島憲治の詩とエッセイ、フォト、自由律俳句を紹介。既刊詩集『イグナチオ教会通り風に吹かれる花のワルツ』(書肆山田) 『東京霊感紀行』(竜鱗堂) 『センチメンタルパニック』(私家版) 『荒野の夢』(蝶夢舎)『シャドーボクシング』(蝶夢舎)

キャバーン

 キャバーン

 


だれもが特別な存在として日々息を吸い
ごはんをかっこみ 通りをかっ歩した
引っ込み思案もあきらめやすいことも
天から贈られた勲章のはずで
わたしたちは何者かとなるべく
いつかを思った

時は過ぎ
いつかはいつかであり続けた
特別な存在はどこへ行ってしまったのだろう

港町リヴァプールの穴蔵で
酒と絶叫と殴り合いのなかで
喧騒を突き破る若者四人がエイトビートの喧騒で
狂った若者たちをさらに狂わせていた
その喧騒は世界のすみずみまで入り込み
ポップミュージックとなり
人類に潜んでいた喜びをつかみ出した

特別な存在となった四人の若者たち
彼らの歌に浸れば世界は忽ち輝いた

地球上に散らばる若者たちと一緒に
わたしは輝いた

わたしたちの一人ひとりが
Beatlesという心を心に持った
特別な存在となった四人の若者がくれたのは
もちろん喧騒ではなく
平凡な日々を彩る熱狂と安らぎだった
それは本当に輝きだった

さて 特別な存在だったわたしは
どこへ行ってしまったのだろう

デッカのオーディションへ
四人の若者が向かったのは
一九六一年十二月三十一日 
凍てつく空の下
中古バンに楽器とともに乗り込んで
リヴァプールからロンドンをめざした
世界は近づき
世界も彼らを待ち続けていた

おそらくジョン ポール ジョージは
自分たちがこれから成し遂げることを
感じとっていたに違いない
揺れるポンコツバンのなかで
窓に流れる闇と灯火を眺めながら
タバコを吸うことも忘れて

特別な存在のわたしも歳を取ってしまった
注目されることなどどうでもよく
金にも女にも興味はない

特別な存在として
わたしはありきたりな
死へと進んでいく そして

わたしはわたしのポンコツバンに
いまも揺られているのだ
心ときめかせ

 


一九六一年大晦日ジョン・レノンポール・マッカートニージョージ・ハリスン、ピート・ベストはロンドンへ向かった。デッカでのオーディションを受けるためだ。すでにブライアン・エプスタインがビートルズのマネジメントを行っていた。デッカのオーディションは、結果落ちてしまうが、そのとき、スタジオで録音された音源が、後にジョージ・マーチンに吟味される機会を得る。ピート・ベストをメンバーから外すことを条件にレコーディングの話が持ち上がる。同じリヴァプールビートルズよりも人気のあるバンドに所属していたリンゴ・スターが引き抜かれる。一九六二年十月四日、ザ・ビートルズのデビューシングル「ラヴ・ミー・ドゥ」がリリースされる。

 

   詩集『シャドーボクシング』より