poetoh

大島憲治の詩とエッセイ、フォト、自由律俳句を紹介。既刊詩集『イグナチオ教会通り風に吹かれる花のワルツ』(書肆山田) 『東京霊感紀行』(竜鱗堂) 『センチメンタルパニック』(私家版) 『荒野の夢』(蝶夢舎)『シャドーボクシング』(蝶夢舎)

連詩 「微笑」の巻

 

連 詩   2024年2月9日~3月13日

 

 

         朔子(さくし) 布川 鴇

 

           非彦(ひひこ) 大島憲治

 

 

「微笑」の巻

 

 

                      朔子

降る雪 積む雪 昔見た雪 今日の雪
白いカーテンに一様に溶け込んで
周辺を明るくも冷たくもする その透明さに
わけもなく微笑む 哀しいのに

 

                                                                                非彦

漆喰が微笑する 光に宿る狂気
白が鳴り白は匂う 純白を知らぬ目を閉じる
本当の白は一つであってほしい
無限のグラデーションは無を隠し


                      朔子
限りなく人は欲を追求する
冬の陽が部屋の奥まで差し込んでいる
いのちの谷間 息をひそめて聞くイクサの跫
鐘の音は美しくもあり 恐くもあり


                      非彦
石にしみ込む 弔鐘の響き
死は流れる血で祀られた
いにしえもそして今も 巧みに人は殺傷する 
青い美しい星の上で 人を


                      朔子
星のまばたき その光りのすじを追い
たどりつこうとする
手を伸ばし 夢みる先
幻想の極 かつて見た野辺送り

 

                      非彦

蝶に夢見られ 荘子は安らぎのなか
悪夢に晒される われらが日々
平野を滔々と北上川は流れ
デクノボーの目玉落ちる惑星


                      朔子
惑いは 朝陽の輝きに溶けこみ
砕け散る波間に消え
羊の目をした思いが近づいてくる
鼓動はまだ高鳴らない


                      非彦 
にぎり離す刹那 鼓紐こそ命
すすき野に地平なく この世は鏡板
海が滅ぼす 松林白砂 
舌出して鱶はころがり

 

                      朔子
青ざめた幽体の出没する闇の隙間
擦過するひとすじの光り
その先へ 先へと伸びていく手
温かいものをつかむまで

 

                      非彦
木星を部屋に浮かべ 凝視する
エウロパが裏へゆっくりと回り込む
掌に載せる 巨大ガス惑星 
イリュージョン 胸いっぱいの大気


                      朔子
胸が高鳴る日々に乾杯
あの日もこの日も また明日にも
時が満ちていた胎内から
誰でもが生まれ出た


                      非彦
出帆しない舳先に立ち 
言葉の海を見つめている 
抽象は凪ぎ 線や撥ね点が離れ
書かれない嵐 いまだ禍いは起こらず


                      朔子
地図に書かれた文字が滲み
道路の名が浮遊する
姿を現さないものの影
飛んでゆく 黄色い花粉をまき散らしながら


                      非彦
ヒトは飛べずとも 宙の視点を持つ
青かった ユーリの過去形は予言 
地球をまわる 無数のコントロール
われらの脳は星に追われ


                      朔子
追われ 追われてどこに行く
手を伸ばし 伸ばしつづけて どこまでも
恐怖や渇望が人を傷つけ 夢みさせ
揺蕩いながら 流される海がそこにある


                      非彦
億千の弾薬が蕩尽される
土には種 空翔けるは鳥なのに
毟り取られる手足 撒き散らされる内臓
独裁も信仰も 隅々まで作り上げるは 人間


                      朔子
廊下の片隅に椅子があった
腰掛けて私が見るのは庭の景色だけだ
意識は飛んでいく
その先の さらに先の遥かな広がりに 


                      非彦
水先人がいにしえの大河を下る暗夜
漆黒の裏地球 瞬くのは稲妻と流星
亡霊の頭上にベテルギウスが痩せる
千年後の千年後 ないとは語れない


                      朔子
形のないものは語れないという
形があるものも語れない
形をくずした欠片に 擦過する光り
その一瞬のとらえどころ ゆきすぎないうちに


                      非彦
永遠を捉えるのは一瞬
この宇宙にない悦びを知る少年も老い
地上で起こることすべては憂鬱
山端に日没し 透きとおる寂寥となるがよし


                      朔子
微かな歓喜が寂寞の谷間に木霊する
緑の樹々がざわめき
夜空の星が見守って
人里離れた村に赤子が誕生する


                      非彦
太陽と肉体からはなれ
どこでもない現象に浮上する
想うことは 宇宙の以前と以後 
無に分け入るは過ち 過ちを楽しみ


                      朔子
過ぎてゆく日々を追わずにはいられないものよ
切断せよ 切り捨てよ
今日があり 明日があり
地平線の彼方が輝きを放っている


                      非彦
魂から前世を放してやる
伽藍堂に響く数多の末期
死者の書を展き目を瞑る
死への出入りは生を磨き


                      朔子
混入したものを排除せよ
意味のないことば いかがわしい詩想
明日への誓いは
まだまだ消えない戦火の先にある


                      非彦
火神アグニの怒り天に達するも
焼き滅ぼされるは弱きもの
一つの虐殺は億の心を慄すも
狂人らは永久凍土が如きもの


                      朔子
凍りつく道は非在の時につながる
薄明の地の駆け巡り
分割できない思考
曙の葡萄棚に太いつららが垂れ下がっている

 

                      非彦
あけぼのに打ち捨てられても星は巡る
絶望があっても不思議はそこにある
存在という謎はときに微笑し
死者を傍らに呼び 生者を遠く旅立たせる

 

                      完