poetoh

大島憲治の詩とエッセイ、フォト、自由律俳句を紹介。既刊詩集『イグナチオ教会通り風に吹かれる花のワルツ』(書肆山田) 『東京霊感紀行』(竜鱗堂) 『センチメンタルパニック』(私家版) 『荒野の夢』(蝶夢舎)『シャドーボクシング』(蝶夢舎)

One world 顔

One world


                            

   顔

 

なんて大きな鼻なのだろう
右と左に分かれて
黒いりっぱな鷲が飛ぶ
顔のうえを
美という針の穴を破って
そこに人間の
世界にたったひとつの表示がなされる
顔こそ人の芸術
ダリを思い浮かべれば
本物の傑作とはなにかがわかる

ドン・チードルは黒人だが
人種はなくてはならない飾りではない
彼はホテル・ルワンダの支配人として
フツ族の虐殺から1200人を守った実話の人物を演じた 
いまドンは世界同時配信のチャリティライブで
メッセージを送っている
You can do that
COVID19が人類を脅かしている
語るドン 歌う人よりも
その動く顔に魅せられて見入る
顔が動き言葉が放たれる
決して雄弁ではない 支配人ルセサバギナと似て
種の恐慌のさなかでは雄弁は恐慌よりも危険だ
雄弁な歌も 雄弁な旗も 
雄弁な制服も姿態も
恐竜は3億年のものあいだ雄弁だった
生存競争においてあまりに強大で
宇宙からの侵襲がなければ
いまもって人間は不在だったろう
回ってきた哺乳類の時代
ホモサピエンスの栄華
だがいつか引きずり降ろされる
森から地殻や海からやってくるものたちに
徐々に追い出されるに違いない

ルーシーと名付けられた女性の子孫として
ニューヨークの信号機を前にして
人類の足跡が立っている
起源と現在がともに歩いていく
三千年後が人間にもしあれば
信号やクルマなどなく
あるいは皮膚もないかもしれない

パトカーを揺さぶり
木を揺すって果実を落とす
奇妙な仲間を助け
それから現代がやってくる
ブロンドの弾丸をすり抜け
白い警棒を奪い
ストラトキャスターの弦を逆に張り替え
教会の床を合唱で踏み鳴らし
ウッドベースと抱きあって
シングルリードに脳幹を結合し
大地と摩天楼の横腹をペダルでキックする
無数の鍵盤が青い夜に舞い上がる
地下鉄やシャッターには
スプレーの壁画があらわれる
「わたしには夢がある」
あの日 ワシントンDCには
本当の新大陸が言葉で現れた
アメリカという詩が朗読されたのだった
ピュアな熱狂が風のように吹いていった
吹きすぎていった
       
あの黒い鷲の翼は
わたしの小さな島を覆う
こぼれ落ちそうな脆弱な列島で
わたしはゲリラになる
キングにはなれないが
言葉のゲリラとなって
恐慌のなかを
人間に追われるように人間を追いかけ
とりあえずは死ぬまで生きる