ボタン
パジャマの上衣の2番目のボタンが
ないのだ
わたしは胸に弾丸を一発受けたように
夜の数時間を
面食らいながら過ごしている
秋だ
秋なのではあるが
次の日という場所であってさえ
生きていかなくちゃならないのか
じゃあ
組んだ腕を外しておこうか
わたしは夜をのむヒビだ
器のなかの
ひたすら薄くなる なにかだ
山に殺され川に殺され
自転車に太陽に殺され
人に人は殺され
あんまり毎日ひとが死ぬということが
伝えられるので
わたしは黙りこんで
夜の端っこへ行く
テレビの光が差さない
デビルのアナウンスが届かない
暗闇さえ消されたが
それでも夜である夜の片隅へ
もしかしたら
波の音が聞こえてくるかもしれない
ボタンが一つないパジャマを着て
胸に穴を空けて
わたしは夜の海辺を歩きだす
ボタンを探しに
夜の片隅に月がかかっている
やがて小柄な男が
マントを肩にあらわれ
砂浜にしゃがみこみ
ボタンを拾う
暫く立ち止まり
握ったり指でさすったりしたのち
それを袂に入れると
月明かりの下を
ゆらりゆらり去っていく
わたしは胸に穴をあけたまま
パジャマ姿で立っている
22世紀の風は
どんなふうに吹いてくるのだろう
142歳となった男の目の前で
海に白波は立つのだろうか
どこからか
忙しない口笛が
途切れ途切れ
きこえてくる
風が吹いているのだ