poetoh

大島憲治の詩とエッセイ、フォト、自由律俳句を紹介。既刊詩集『イグナチオ教会通り風に吹かれる花のワルツ』(書肆山田) 『東京霊感紀行』(竜鱗堂) 『センチメンタルパニック』(私家版) 『荒野の夢』(蝶夢舎)『シャドーボクシング』(蝶夢舎)

瞳  

 

 瞳                  

                    

怪物からうつくしい少女が このせかいに
生み出された
醜悪なものが崇高さ生む
それもせかいの成せるわざ
この戦争も平和以上のものに変える
いつかではなく

ミツバチのように幼かった少女は あのとき
せかいのどこに瞳をむけていたのだろう
レンズを吸い込んだ黒い瞳

半世紀の後 アナ・トレントは帰ってきた
少女は老い 見つめてきたせかいを 
その瞳に宿し 見つめ返す 
そこに哀しみがあるが
哀しみは ひとに滲むうつくしさ
フランケンシュタインは殺さず傷つけず
少女をわたしたちのもとに返してくれた

この世でいちばんうつくしいものは
花でも星でも宝石でもない 
こどもの顔だ 生の輝きを精巧に放ち
一瞬一瞬がうつくしい
それは遠くではわからない

オユエロス村の荒涼とした野
はるかな起伏を前にしたアナとイザベル
かすかな色となったふたりの少女
流れる雲の影 一本の大樹 廃屋と井戸
曲がりくねった道が
丘に上がり 谷に沈む
荒れ野をかけおりていくふたり
気が遠くなるロングショット
ビクトル・エリセは光を止めない
少女らが白い点となって画面に跳ぶまで

フランコはどれだけの歳月 ひとを苦しめたのだろう
プーチンはいまこのときもひとを殺戮へと追い立てる

平面に光があてられて
光のなかで
もうひとつのせかいがはじまる
光のなかで叶えられないものはないのだが
ひとはひとを表し現す

ひとへの祈りが
壁の前とむこうで
手を合わせる

 

31年の空白の期間をおいて、ビクトル・エリセ監督の長編『瞳をとじて』が、2月に公開された。この作品では、1973年制作『ミツバチのささやき』の主役、アナ・トレントが登場人物の一人として半世紀ぶりにスクリーンに姿をみせた。シネフィルから不朽のベスト作品として、その名が挙がる『ミツバチのささやき』。当初、製作会社は怪奇映画『フランケンシュタイン』を撮ることでエリスを起用したという。