One world
部屋
揺れない炎などない
この世界に動かぬものなどないように
道端の小石は太陽を回り
銀河とともに広がる途上にある
オルガンの上に置かれた蠟燭
部屋のなかで
そのゆらめきは教えてくれる
世界がふるえていることを
人はおびえ
言葉がうろたえていることを
蠟燭は燃えながら
炎となった世界のことを伝えている
青い目のエディ・ヴェダーは
厚い鍵盤をオールに
歌で河を渡る
どこを流れる河だろう
シカゴアヴェニューの
息ができないと叫んだ河だろうか
エディを流れる河には
先住民の血が流れている
Pearl Jam はエディの祖母が作る
ジャムが由来という
ネイティブアメリカンの魔法のレシピ
この世からジャンプするためのジャムなのだ
もしも世界が
ふたつとないなら
閉じこもる部屋をつくる
もしもこの世が
ふたつとないのなら
さかしまに生きる
隠し扉の向こうは
逃げこむ場所ではなく
飛び出すための部屋
もしかすると
波もやってくるかもしれない
波打ち際で洗われる書棚
デカメロンがぷかぷかと流れ出す
文字はストロークをあきらめる
さすったり小突いたり
指と液晶が延々と戯れ合う
左利きと右利きが奪いあう自由
悪意と博愛が河のように流れていく
画面の向こうには森もあって
小鳥がいてイルカがいる
ブラインドを回せば
自分の部屋が戻ってくる
群がる雲 ネピア ギター
デュシャンの女装
付箋 爪切り ユヴァルノアハラリ
窓を横切る鳥影
火球が群青の空で砕け散る
氷の上にボンベイサファイアを注ぎ合う
パチパチと霊が爆ぜる
隣にはいろいろな自分がいて
飽くことなく語り合う
わたしは一人でいたいと
ある日ある時 地響きがして
グラスはぶつかり合い 食器は波打ち
ピッチャーは床に落ち
ミルクがぶちまけられる
エルランド・ヨセフソンが呟く忘れられぬ台詞
わたしはこの時をずっと待っていた
村の魔女が宙に浮く
たったひとつの世界でなにが起こるのだろう
人類などなければ清々しいが
まだ人は人類まで到達していない
目を瞑り
鍵盤を深く押しながら
歌を歌う
ペダルで空気を送り
閉ざした部屋をふくらます
小さな窓 燃えるように青い地球
ふるえる蠟燭を見つめながら
わたしは歌を歌う